副業・兼業を認める場合の労働契約上の取り決め

副業・兼業を認める場合の労働契約上の取り決め

1. 副業・兼業を認める背景と日本企業の現状

近年、日本では「働き方改革」の推進により、副業・兼業が注目されています。少子高齢化や終身雇用制度の見直し、そして個人のキャリア形成の多様化が進む中、多くの企業が従来の雇用慣行を見直す必要性に迫られています。これまでは日本独自の「メンバーシップ型雇用」や長時間労働が一般的であり、会社への忠誠心や社内昇進が重視されてきました。しかし、経済環境の変化や働く人々の価値観の多様化により、「会社以外でも能力を発揮したい」「収入源を増やしたい」と考える社員が増えています。こうした社会的背景から、多くの企業が副業・兼業を容認し始めており、厚生労働省もガイドラインを公表して企業側に柔軟な対応を求めています。ただし、実際には「情報漏洩リスク」や「労働時間管理」「本業への影響」など慎重な姿勢を取る企業もまだ多く、導入には一定の課題も残っています。今後は、企業文化や雇用契約上の取り決めを明確化しつつ、時代に合った柔軟な働き方を模索する動きがさらに広がっていくと考えられます。

2. 労働契約書への明記事項と法的留意点

副業・兼業を認める場合、労働契約書において明確に定めておくべき事項がいくつかあります。これらの事項を記載することで、従業員と企業双方の誤解やトラブルを未然に防ぐことができます。また、関連する労働基準法やその他の法令にも十分な配慮が必要です。

労働契約書に記載すべき主な項目

項目 具体的内容
副業・兼業許可の有無 副業・兼業を許可するか否か、その範囲や条件を明記します。
申告・承認手続き 副業・兼業を開始する際の事前申告や会社の承認が必要かどうかを定めます。
就業時間管理 本業と副業・兼業の労働時間の合算管理方法や、過重労働防止策について記載します。
守秘義務・競業避止義務 本業で知り得た情報漏洩防止、副業先が競合他社の場合の対応などを盛り込みます。
健康管理・安全配慮 従業員の健康維持の観点から、勤務時間や休息に関する注意点を明示します。

労働基準法等関連法令への対応ポイント

  • 労働時間の通算:副業・兼業先での労働時間も通算し、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えないよう配慮する必要があります。
  • 割増賃金:複数事業所で勤務した場合でも、合算して法定超過分には割増賃金が発生します。
  • 健康管理:長時間労働による健康障害リスクが高まるため、企業は従業員の健康状況把握や相談体制整備が求められます。
  • 個人情報保護:副業・兼業先との情報共有時には個人情報保護方針にも注意しましょう。

実務上のアドバイス

実際に副業・兼業を許可する場合は、一律禁止ではなく柔軟な運用規程を設け、個別事情に応じて対応できる体制づくりが重要です。現場担当者への教育や相談窓口設置も併せて検討しましょう。

就業規則や社内ルールの整備

3. 就業規則や社内ルールの整備

副業・兼業を認める場合、企業としてまず取り組むべきは就業規則や社内ルールの明確化です。従業員が安心して副業・兼業に取り組めるように、また会社としてもリスクを回避するために、ガイドラインの策定が不可欠となります。

就業規則への明記

副業・兼業を認める方針であれば、その内容を必ず就業規則に盛り込む必要があります。たとえば「事前申請の義務」「許可制の導入」「禁止事項の明示」など、具体的なルールを書面で示すことで、従業員とのトラブル防止につながります。また、労働基準法など法令との整合性も確認しましょう。

ガイドライン策定のポイント

ガイドラインでは、副業・兼業が本業に与える影響を最小限に抑える観点から、下記のようなポイントを押さえておくことが重要です。

1. 労働時間管理

副業・兼業によって法定労働時間を超過しないかどうか、管理体制を明確化しましょう。従業員から報告を受ける仕組みや自己申告制の導入も一案です。

2. 競業避止義務

同業他社での就労や、自社ノウハウ流出につながる活動は禁止する旨を明記し、守秘義務との関係性も整理しておきます。

3. 業務への支障防止

本業のパフォーマンス低下や、会社イメージへの悪影響を未然に防ぐため、勤務態度や健康状態に問題が生じた場合は見直し指導できるような仕組み作りが求められます。

社内コミュニケーションと運用体制

ルール制定だけでなく、従業員への説明会実施や相談窓口の設置など、実際に制度が円滑に機能する運用体制も大切です。現場からのフィードバックも積極的に取り入れながら、時代や社会情勢に合わせて柔軟にアップデートしていく姿勢が信頼構築につながります。

4. 情報漏洩・競業避止義務への対応策

副業・兼業を認める場合、企業が直面する大きなリスクの一つが「情報漏洩」と「競業避止義務違反」です。これらのリスクを最小限に抑えるためには、労働契約上で明確な取り決めと具体的な管理策が不可欠です。

情報漏洩防止のための主な対策

従業員が社外で働く際、自社の機密情報や顧客情報が意図せず流出する可能性があります。そのため、以下のような取り組みが求められます。

対策内容 具体的な実施例
秘密保持契約(NDA)の締結 副業・兼業開始前に必ずNDAを再確認し、違反時の罰則も明記する
アクセス権限の制限 機密情報へのアクセスは必要最低限の従業員に限定する
教育・研修の実施 定期的に情報セキュリティ研修を行い、副業・兼業時の注意事項を周知徹底する
ITツールによる管理 外部デバイス利用制限やログ監視などシステム面でのガード強化

競業避止義務への対応方法

従業員が同業他社や競合先で副業・兼業を行う場合、自社の利益が損なわれる恐れがあります。企業側としては、以下の点に注意してルールを設けましょう。

  • 労働契約書で「競合企業での就労禁止」条項を盛り込む(日本法上、過度な制限は無効となる可能性があるため、範囲や期間を合理的に設定)
  • 副業申請時に勤務先や職種、担当内容を確認し、競合との重複がないかチェックする体制を構築する
  • 違反時の懲戒規定や損害賠償責任についても明記し、抑止力とする

競業避止義務条項サンプル(抜粋)

「従業員は在職中及び退職後〇年間、本会社と同一または類似事業を営む企業等において就労しないこと。また、本会社の許可なく当該企業等と取引関係を持たないこと。」

まとめ:企業側は明文化と運用体制づくりが重要

副業・兼業解禁時代においては、「信頼」に基づく運用だけではリスク回避になりません。労働契約上で明確に取り決め、定期的な見直しと従業員への啓発活動を通じて、情報漏洩や競業リスクから会社を守る仕組み作りが必要です。

5. 労働時間管理と過重労働防止の実務対応

副業・兼業を認める場合、複数の仕事を掛け持ちする従業員の総労働時間をどのように管理し、過重労働を防ぐかは企業にとって重要な課題です。日本の労働基準法では、労働者が複数の事業所で勤務している場合、その全ての労働時間を合算して法定労働時間(原則1日8時間、週40時間)を超えないようにする必要があります。人事担当者は以下のポイントに留意しながら、実務対応を進めることが求められます。

総労働時間の把握と記録方法

まず、副業・兼業を許可する際には、従業員本人から他社での勤務予定やシフト情報をヒアリングし、書面で提出してもらう運用が有効です。その上で、各社での勤務実績報告を月ごとに確認し合計労働時間を正確に把握します。ITシステムや勤怠管理ツールを活用して総労働時間を一元的に記録する仕組みづくりも推奨されます。

36協定との関係

副業・兼業先の就労時間も自社側の36協定(時間外・休日労働協定)管理対象となるため、合算後の残業上限にも十分注意しましょう。違反が発覚した場合、行政指導や法的リスクが生じます。

過重労働防止への具体策

過労による健康障害やモチベーション低下を防ぐため、就業規則や副業許可規程に「総労働時間の上限」や「健康保持義務」を明記します。また、年次有給休暇取得の促進や、定期的な健康診断結果の確認、副業申請時のセルフチェックシート提出など、多角的な対策が重要です。

人事担当者によるフォロー体制

従業員への面談機会を設け、「疲れやストレスはないか」「生活リズムは維持できているか」といったフォローアップを継続的に行うことも現場レベルで求められています。万が一、過重労働や健康不安が見受けられた場合には、副業内容や勤務時間調整について柔軟に相談・助言する体制づくりが大切です。

6. 副業・兼業を円滑に進めるためのコミュニケーション

社員と会社双方が納得できる対話の重要性

副業・兼業を認める場合、労働契約上の取り決めだけでなく、社員と会社が互いに信頼し合い、納得して進められるようなコミュニケーションが不可欠です。制度導入時や実際に副業・兼業を行う際には、社員一人ひとりの希望や状況を丁寧にヒアリングし、不安や疑問点についても率直に話し合える雰囲気づくりが求められます。

相談窓口の設置例

現場でよく見受けられる工夫として、「副業・兼業相談窓口」の設置があります。例えば、人事部内に専用担当者を置き、副業・兼業に関する申請方法、就業規則の解釈、他社との契約内容確認など、細かい相談にも柔軟に対応できる体制を整えている企業が増えています。また、匿名で相談できる仕組みや、定期的なアンケートによる実態把握も有効です。

定期的な情報共有の機会

コミュニケーションを円滑にするためには、社内イントラネットやミーティング等で副業・兼業制度の最新情報や注意点を共有し続けることも大切です。例えば「副業体験談」や「成功事例」を共有することで、お互いの理解が深まり、不安感も和らぎます。

まとめ

副業・兼業は社員個々のキャリア形成だけでなく、会社全体の活性化にもつながります。そのためには、一方的なルール押し付けではなく、双方が歩み寄りながら継続的に対話し、必要なサポート体制を柔軟につくっていくことが、日本の職場文化でも求められています。